2009年3月 2日

09味噌仕込み(2)

昨日は、本年度第二回目の味噌の仕込みがありました。
ここ半月ほど、晴天率日本一、冬場は、特に晴天率の高い明野でも
曇りや雨(本来なら雪の降る時期ですが)がほとんどで、太陽をほとんど見ない
異常な日々がつづいてましたが、
昨日は、久々にお天道様の温もりを感じられる日でした。
風も穏やかで、火を扱う作業の日としては、絶好のコンディションといった感じでした。
ただ今回、作業日の変更があったため参加者が少なく、
でも、みなさん味噌作りのプロのような方々ばかりで、
まさに少数精鋭で、スムーズにトントコトンと作業が進みまして
一回目よりも若干早く作業が終了しました。
唯一、今回作業の足手まといになったのがわが息子でありまして、
今回は、家族三人で参加させてもらったのですが、
お手伝いをしたい気持ちは、十分あるのですが、まだまだ
足手まといな三歳児、でもコーサク村の皆さんにとても優しく見守っていただきまして
三歳児は、大満足のようでした。
当然ずっとお手伝いできるわけなく。
父さん、母さんは、三歳児にお付き合いをして
電車ごっこや、探検で、味噌仕込みの作業をさぼってしまいました。
とにもかくにも、本年の味噌仕込み無事終了です。
コーサク村の皆々様、お疲れ様でした。

2009年2月 9日

09味噌仕込み(1)

昨日、例年どおり、コーサク村の一回目の味噌の仕込がありました。
立春も過ぎ暦どおりだいぶ暖かくなって来ていましたが、昨日は、明野名物「八ケ岳おろし」が
少し吹きまして、朝は、体感的には、寒かったです。
さすがに長い人では20年ぐらいやっておられるわけで、皆さんやるべきことをてきぱきとこなし
四樽を無事仕込み終え、午後3時ごろには、解散となったわけです。
しかし、昨日のコーサク村は少しいつもと違いました。
普通ですと参加者の平均年齢は軽く50歳を越えてしまうのですが、
昨日は、下は、やっと首の据わった数ヶ月の赤ちゃんから6歳一人、9歳2人そしていつもの人たち
といった感じで、「おぎゃーおぎゃー」に「わーわー、きゃーきゃー」
なんかいいんですよね、活気があるとゆうか、未来があるとゆうか、うそがないとゆうか、
9歳の子のひとりは、お昼を食べ終わると半袖の格好に成ってました。
若さっていいですね。うらやましいです。
肘、肩絶対冷やしてはいけないわたしには、気絶しそうな光景でもありましたが。
コーサク村も更新、前進しているなーと感じられる一日でした。

2008年12月 8日

大豆の選穀と選別

昨日の朝は、ほんとに冷えました。本格的な冬の到来です。
そして、コーサク村の作業日でした。外で大豆の選穀と選別です。
寒いけど、雲一つない快晴で、風もなく、絶好の外作業日和といいたいところですが、
日のあたる所は暖かなのですが、日陰といいますか、日の当たらない陰になる部分は、
冷たいとゆうか寒いと言いたいほどでした。
それでも、お昼には新そばをいただけるとゆうことで、例年より多めの二十人ぐらいの人が参加して、
和気あいあいと井戸端会議をしながらの作業となりました。
本来、コーサク村は、味噌を作る会でして、味噌を仕込む前の大豆作りの最終作業となるわけです。
選穀は、前回、そばの選穀でお披露目され、人力から電動に改良された新型唐箕のおかげで早い早い。
尚且つ、久々の若人の参加で、私は選穀にはノータッチで、選別の方に専念させていただきました。
新型唐箕のおかげか、選穀された大豆はゴミが少なく、大変選別しやすく、人手も例年より
多かったせいか、午前中に全ての作業が終わってしまいました。
コーサク村にも産業革命が来たようです。
そんなわけで、すっきりした気持ちで、お楽しみの新そばのお昼です。
その色が、なんとも美しい、勿論美味しい。
作業の苦労が報われる瞬間です。
寝っころがってしまって、雑草とごちゃ混ぜのそばを手刈りし、脱穀して(人力で)、選穀した、
あの苦労が。
大変幸せなコーサク村での一日でした。
元、みそか庵店主と奥様、大変ご馳走様でした。

2008年11月 1日

そばの脱穀と選穀

今日は、昨日の曇天の寒さとはうって変わって、快晴で少し汗ばむほどの小春日和、絶好の野良仕事日和でした。
先週、刈り取って干しておいたそばが、幸運にも一週間雨なしの天気に恵まれ、脱穀、選穀のできる状態になりました。雨降ってたらどうしたんでしょう?その辺の綱渡り加減が、コーサク村らしいところではありますが。
人力で、そばの脱穀をしたわけです。いつの時代になるわけでしょうか、私が小さい頃は、エンジンで回す脱穀機がありましたから、50年以上前のやり方になると思うのですが、なーんと、コーサク村には、「足踏み脱穀機」があるのです。10年ほど前、会長と名誉会長が、明野の年に一度の大型ゴミの回収の際、捨ててあったのをもらってきたそうです。コーサク村ではほとんど使ってなかったのですが、万を辞しての当番といいますか、時代が巡ってまた、「足踏み脱穀機」が活躍できる時が巡ってきたとでもいいますか、なんとも不思議な感覚です。
でも所詮人力です、体力必要です。必然的に一番若い私の仕事と相成るわけです。でも、単純に手や棒でやるより、当たり前ですが、ずっと早い。でも明日は、お尻の筋肉が痛そう。
脱穀終了の後すぐさま選穀です。
こちらは、新兵器登場です。人力唐箕にモーターを取り付けてしまいました。名誉会長と自然食材調達人さんの力作です。まさにコーサク村の面目躍如とゆうところでしょうか。
おかげで、選穀は、楽チン楽チンであっとゆうまに終わってしまいました。
なんだか今日は、農作業の歴史としては、昭和初期と高度経済成長期がごちゃ混ぜになったような作業でした。
どれもこれも、おいしいそばを食べるためや!!
ほんま、コーサク村ってえらいとこやなー。

2008年10月26日

そばの収穫

昨日、10月25日(土)に、コーサク村でそばの収穫がありました。
昨年までは、農協に頼んでコンバインで、収穫してもらっていたのですが、どーもいろんな意味でよろしくない。
そこで今年は、人力による手刈りでの収穫となりました。
俗に「そばは、花を刈れ」とゆう格言があるように、早めの収穫が、「味」「香り」「歯ごたえ」「栄養」といった意味でも良いようです。
とゆうわけで、今年は新そばにかなり期待してしまいます。12月中旬ごろにその香りをあじわえるとのことですが。
来週は、脱穀とゆことになるわけですが、どうやってやるのでしょうか?例のあれでやるのでしょうか?できるでしょうか?かなり不安です。
昨日は、ついでに芋ほり(さつまいも)もさせてもらいました。コーサク村名誉会長が、丹精こめたサツマイモは、豊作です。かなり大きい物が鈴なりです。家族3人楽しませていただきました。
何軒かにおっそ分けできるくらい収穫させていただきました。
名誉会長と、大地に感謝です。

2008年9月20日

そばの花見

先日、9月14日(日)にコーサク村でそばの花見がありました。
そばの背丈は1mぐらいで、白い小さい花がたーくさん咲いて、白い絨毯状態といいたいところですが,少々虫食い状態。
今年のそばの作柄は、コーサク村に関しては、若干不良といったところでしょうか?
今日は、大豆畑の草取りと村内の草刈、掃除、整備もやりました。
圧巻だったのがお昼ご飯です。近年、そばの花見の時に「鯛めし」とゆうのが恒例になりつつあり、
「鯛めし」と「潮汁」とゆう山梨ではなんとも贅沢なメニューの予定だったのですが、なななあーんと
そこへ、「松茸ご飯」もメニューに加わってしまったのです。松茸は、コーサク村会員である
明野のキノコ採り名人さんのご提供によるもので、今年は松茸は、比較的たくさん採れているとのお話です。
とにかく、瀬戸内海の天然ものの鯛の「鯛めし」と、国産松茸の「松茸ご飯」を一度に食べられるなんて一生に一度あるかないかのgood lack
なんと幸せなことだったのでしょう。
大変ご馳走様でした。田舎万歳!!

2008年8月 3日

大豆畑二回目の草取り

昨日、8月2日は、コーサク村の草取りでした。
大豆畑は、紫色のかわいい花が咲いているところです。
前回、しっかり草取りしたのに、大豆より背の高い雑草もあったりして、
どうしてお前そんなところにいるのと思いながら両手で大根でも抜くように
一生懸命抜きました。
汗だくです、例によって、休憩の冷たいお茶と、十分冷えたスイカが最高です。
休憩を取る直ぐ横の結構大きなクヌギかコナラの樹に樹液を求めてカナブン、蝶類、カミキリムシ、
そして、大きなオスのカブトムシが張り付いていました。
昔は、オオムラサキも珍しくなかったそうです。
農作物の作柄の話題が出ました。
野菜の類は、7月の日照りで、作柄は良くないそうです。
枝豆などは、さやが弾けてしまい商品にはならなくて、とゆうことのようです。
果樹に関しては、豊作のようです。味も濃くおいしいようです。
もも、ブドウなどは、期待してしまいます。
2008年もののワインもおいしいとゆうことですね。

2008年7月10日

大豆畑の草取り

7月6日(日)コーサク村で、大豆畑の草取り作業がありました。
天気は、ほぼ曇りだったのですが、時より日も差して、たったり、すわったりの作業で、汗だくです。
足腰パンパン。でも休憩の時の冷たいお茶とスイカが最高です。
終わった時には、血流をガンガン回して、たっぷり汗かいて、すっきり爽やか~、といった感じの爽快感があります。
ただ、心配事も。畑にへんてこな足跡が・・・***@@@。
足跡の脇の大豆の新芽はことごとくちぎられています。
そうなんです、おそらく「しか」さんと「くま」さんがぱくぱくしていってしまったようです。
年々、野生の動物たちが人の生活領域を犯す範囲が広がっているようです。
だだ、それはとりもなおさず、逆も真也で、動物たちの生活領域を人間が犯しているのでしょうがなくの部分もあるようです。
明野のような田舎でもかなり開発といえるような物が増えています。
ゴミの最終処分場を筆頭に、大規模な農地開発、住宅、別荘開発。どんどん林や森が消えていってます。
おまけに、松枯れで赤松林はどんどん減る傾向にあります。
また、鹿や猿などは、個体数も増えていると聞きます。
かなり心配です。
我々は、どうすべきなんでしょう。???
棲み分けは、もう無理でしょうか。
ならば、共生か?
少しぐらい大豆や野菜食べてもいいけれど、傷つけあうのはやめようぜ。
な、熊さん、鹿さん、猿さん、・・・

2008年6月 9日

大豆の種まき

昨日、6月8日(日)、コーサク村では大豆の種蒔きがありました。
そうです、美味しい美味しい味噌になる大豆の種蒔きです。
参加者は、十数名で、うれしいことに私より20歳ぐらい若い青年の参加があり(最年少脱出)
作業が心なしかスムーズに進んだように思います。
天気は曇り、土はほどほどに湿ってて良し、
ベストコンディションで、種蒔きができました。
今の時期は、梅雨どきですので、雨に降られることが多いわけで、
そうなると合羽を着ても種蒔きは、長靴に粘土質の土がどんどんへばりついてきて
まさに鉄下駄を履いての作業になってしますわけでして、ほぼ不可能。
逆に乾きすぎてても、土が固くてトラクターで耕してもどうもよろしくない。
農家の方は、まさに空を見て土を見ての作業なんだろうなーと思います。
種蒔きは、種をまいただけでは終わりにはなりません、種を鳥(特にカラス)に食べられてしまわない
よう対策をとらなくてはなりません。
コーサク村では市販の防鳥ネットを使います。
こいつが、意外と難物で、毎年こんがらがったりなんだりで、時間がかかります。
すんなりネットを張れる事は、非常にまれです。
今年もやってしまいました。
糸が絡まってしまいネット張り一時停滞。
来年こそは、と毎年誓うのですが・・・。
でも、何とか無事種蒔き終了。
皆さんお疲れ様でした。
そして皆さん今日は、筋肉痛ですよね(青年は、除く)。もしかしたら明日の人もいますかね?

2008年2月21日

味噌仕込み(2)

そもそも「コーサク村」とは何ぞや?とゆうところからちょっとお話させてもらいますと
以前は、「豆の会」といっておりまして、畑を借りて大豆を無農薬、有機栽培で作って、
その大豆と麹と塩で昔からこちらの地方で作られている様な、
安全安心で美味しい味噌を手作りする会なわけですが、
会の歴史は、もう20年以上ありまして、私は、まだ新参の部類でしょうか?
会の人たちは、明野の方ももちろん多いのですが、首都圏から来られる方も多くて、
なかなかバラエティに富んでいます。ただ、平均年齢は、高いです。私は、若いほうです。
そんなわけで、大豆だけ、味噌だけ作るのでは飽きた足らず、そば、小麦、野菜へ
「耕作」の範囲が広がってゆき、またクラブハウスなんぞも、既存の建物を改装して作ったり、
納屋を作ったりと「工作」が好きな人(私もその一人ですかね)も多いものですから、
会の名前を改名しまして「コーサク村」と相成ったわけです。
で、2月11日に味噌の寒仕込みがあったわけですが。
当日は、9日の大雪で開催が危ぶまれたのですが、紙一重とゆう感じで好天に恵まれ
風もなく、寒いですが絶好の仕込み日和でした。
例年どうり4釜大豆を煮て4樽仕込みます。
朝6:30に二つある大釜の一つに火をつけます。
釜の中には、表面に氷が張っています。なかなか煮立ちません。
30分ほどずらして、もう一釜にも火を入れます。8:00ごろに選手交代、私は朝食に。
午前中に、二樽仕込み終了。
手の空いた人は、残っている大豆の選別をしつつ、井戸端会議。
そして待ちに待ったお昼です。今回参加した人は、老若男女合わせて20人くらいでしょうか。
みんなで、お昼です。賄い人さんがちゃんといて、毎回ほんとに美味しいご馳走を作ってくれます。
コーサク村の楽しみの一つです。また魅力のひとつです。
このコーサク村には、ありんこさんが意外と多い。食後のスイーツもすごいんです。
そして、美味しいコーヒーでしめて、もー二樽。無事仕込み終了てな感じなわけです。
仕込んだ味噌は、通称「明野城」(勝手に呼んでます)の半地下の倉庫に、
1年から2年ぐらい寝かせて美味しい美味しい味噌に変身するわけです。
来月、もう一日仕込みありまーす。良い天気でありますように。
                                             
akeno.castle.jpg上の画像は、2002年11月ごろの畑の方から見た「明野城」です。