2012年1月 2日

2012の初めに

新年明けましておめでとうございます。
毎年、今年こそは、と思うのですが・・・
がんばります。

2011年12月30日

2011年の終わりに

この一年は、まさに激震の一年だったといえるのではないでしょうか。
大震災、原発事故、超円高、EU危機、アラブの春、台風による大水害、タイ洪水
激しく胸を揺さぶられた年。
変化や修正を強いられた年。
個人的には、10年前の2001年に現住地明野に移住してきたときの大きな変化。
9.11の世界を揺るがす大事件を思い出したりもしますが、
世界の状況は、年々厳しさを増してるように感じられてなりません。
人は、技術は、日々進化していると思うのですが、
なぜか幸せとゆう目標から遠ざかっているようように感じてしまいます。
強く、かつやさしくなければ生きていけない時代なのかなーとも感じます。
一人では、生きていけない、家族だけでも厳しい世の中。
多くの人が同じ目標に向かって協力、共生していかなくては、
生きていけない時代なのかなーと思わせる一年でもありました。

弊舎といたしましては、勉強の一年だったと感じています。
とにもかくにも、多くの人にいろいろなことをご教授いただき、
いろいろなことをご支援いただきましたことに深く感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。
来年は、弊舎のほうからもっともっと発信、働きかけできるよう
努めて参りたいと思っております。

それでは、皆々様、良いお年をお迎え下さい。


2011年12月16日

師走にて

大変ご無沙汰しております。筆不精ゆえ、と、twitterのほうに文字数を取られてしまって、なかなかブログに力が回らない今日この頃です。
何とか力を振り絞ってと言いたいところですが画像でご勘弁願います。
2011rees1.JPG嫁さんと息子が作ったリース。材料は、いろんな所から集めました。
ショウルーム入り口のところに飾ってあります。
2011santa1.JPG
2011showwindow1.JPGショウルームの一応ショーウインドウのディスプレイです。
クリスマスのお飾りアイテムは、近所の嫁さんの知り合いの方にいただいたものです。
すばらしいコレクションで、いただいてよいのかと戸惑ってしまいますが、
本当に感謝です。
2011showdesk.JPG新作、時計二点展示始めました。

ついでがございましたらぜひ見に来てやってください。




2011年7月24日

第20回明野サンフラワーフェス

今年も明野のビッグイベントサンフラワーフェスが始まりました。
今年は、なんと20回になるそうです。
ひまわりの数は、山梨県人口と同じ86万本だそうです。
ひまわり畑にお越しの際には、
ついでに、ぜひ活木工舎にもお越しいただければと思います。
サンフェスメイン会場から、車で3分ぐらいです。

2011sunfes1.JPG
2011sunfes2.JPG
2011sunfes3.JPG

2011年7月17日

活木工舎ショールーム

活木工舎ショールーム、未完成ではありますが、画像を少し紹介させていただきます。
katu-SR1.JPG
katu-SR2.JPG
katu-SR3.JPG

2011年7月13日

工房デッキ改修8

ようやくお客様をお通しできる状態になりました。
ショールーム完成、オープンとは、まだまだいえない状態なのですが。
思い起こせば、去年の9月のはじめからスタートした改修作業。
何とかカンとかここまでこれて、感無量。
とは、ちょっとオーバーですかね。
とりあえず、改修作業は本日を持って終了です。
大工兼デザイナーのHさんには、本当にいろいろな面で
大変お世話になりました。
心より感謝申し上げます。
底知れぬパワーの持ち主大工のSさんにも
感謝申し上げます。
ぜひ、ついでがありましたら
多くの人に、お越しいただければと思っております。
ちなみに、普段ショールームは、閉まっております。
申し訳ないですが、お越しいただける折には、
必ずご一報いただけますようお願い申し上げます。
家に誰もいないことも時にはありますので。

2011年6月12日

雑誌の付録-ヒノキのコースター

「ソトコト」とゆうロハスな人たちのための雑誌を買いました。
特集が「森林愛」だそうで、樹の事や木工の事も書いてありそうでしたし、
興味はある雑誌だったのですが、一度も買ってみたことなかったので、
また、特別付録が「四万十ひのきの間伐材で作った手作りコースター」とゆうことでしたので、
無垢材の手づくりコースターを作って販売している者としては、
一体どんなヒノキのコースターが、80円プラスで付録としてついてくるのだろうかと
非常に物を見たくなりまして、買ってみました。
雑誌の記事等の内容自体は、まーいいんじゃないんですか、とゆう程度の感想ですが。
ヒノキの間伐材のコースターを見た感想は、
「え、これ間伐材?」とゆうものでした。
コースターのサイズは、50x50x5mm
もろ板目で、木口を見ると年輪が木端から木端へひらべったーい虹の様になって切れることなく渡っています。
CADで図を描いてざっくり計算してみると丸太の直径は、最低40cmはありそう。
間伐材の定義を調べてみると、
「20年程度の樹齢で末口の直径が14cm以下の木材」とゆうことのようです。
末口が14cmで3m材であれば元口の根本部分は16cmから18cmだそうです。
到底間伐材とはいえない材が雑誌の付録のコースターになっている。
この辺は、かーなり複雑な話のようで、日本の林業の低迷を現しているのか?
良くはわかりませんが、まか不思議なヒノキのコースターと遭遇してしまいました。
木工的な見方をさせていただければ、ヒノキで厚み5mmでもろ板目、しかもシラタじゃ間違いなく反るだろうと思うんですが。
子供が「お風呂に入れたらいい匂いするかなー」と言って入れてみたら、
焦がしたイラストが表裏両面に描かれているせいか、
クレオソートのような独特の香りがしました。
塗装はしていないと思いますが。
結果、臭いのでお風呂では、使わず、乾いたら見事に反りまして、さてどーしましょ。
まー、やっぱり付録でした。
このコースターを手づくりで80円で作っているとすれば、
「あっぱれ」というしかないですが、
弊舎では付録は作れないし、作ったらいけないなーと思いました。

2011年4月20日

工房デッキ改修7

4月ももう20日。そうなんです、デッキ改修は、10日やそこらでは、終わりません。
もちろん改修工事だけやってるわけにもいかないわけですし。
現在残っている作業は、
床板張り
壁内装
ポスト兼収納
照明
徐々に進んではいるのですが。
ショウルームオープンとなりますと什器も必要ですし、
買うわけにはいきませんし・・・。
とゆうわけで、ショウルームオープン目標は、
7月16日(土)と改めさせていただきます。
毎度申し訳ございません。
これから、プラスターボード張って、パテで平らにして、ジョリパッド
とゆう未知の難工事が待ってます。
でもチョット、楽しそう。
素人左官のコテさばきでどんな壁ができるでしょうか?
息子(5歳)も「やるー!!」て言い出すでしょうし。
乞うご期待。


2011年4月12日

新築保育園の木工事の仕事

事の始まりは、3月29日(火)の合板屋さんの社長からの電話からだった。
地獄の10日間の始まりである。
新築の保育園の木工事の仕事を請け負っていて
4月10日(日)までに収めなくてはいけないとの事。
できるだけ協力してくれとの要請だった。
うちを含めて3軒の木工所に頼んでいるらしく、まとめ役の木工所があり、
うちは、ヘルプの役割、ほとんど「ひ孫請け」ぐらいの末端職人。
一応図面や模型写真、現場ビデオも見せてもらうが、
どう考えても、非常に厳しい、ほとんど不可能な話。
例によって、工期のしわ寄せが家具工事にどっしりのしかかっている現場である。
設計事務所も良くやっているようであるが、高飛車な感じ。
いろいろ付き合いのある合板屋の社長の頼みなので、
できる範囲でとゆうことで引き受けた。
材は、シナランバーとゴムの集製材
何とかなるかなーと思いつつも連日残業
2時間3時間4時間と徐々に長くなり、
最後9日(土)は、積み込みもあって、結局23:00までかかった。
10日(日)は、朝4時起きで現場へ。
ほんとうに1日でできるのかと半信半疑の状態であり
なおかつ私としては道具も不十分で、不得意な現場ではあるのですが
ヘルプをめーいっぱい勤める。
そしてなんと設計事務所が
「環境デザイン研究所」であることが判明。
あの因縁の「環境デザイン」さんの設計管理であることがわかって
非常に厳しい仕事のすべての原因が解明できた感覚。
さすがに、子供が喜びそうな複雑かつ豊かな空間が連なる
すばらしい保育園のようでした。
それは、反面職人泣かせである訳ですが・・・。
結局、10日(日)一日では、すべてやり切れず
仕事を終えて家にたどり着いたのが24:00近く
残りの作業は17日(日)の子供たちのいない日にやることになりました。
大山は越えたのでヘルプの私は、お役御免となり
脱力感と筋肉痛の後遺症の真っ只中です。
しかし、どー考えても工事完了は、4月中は無理だろう?
「環境デザイン」おそるべし。

2011年3月31日

己こそ己の寄るべ

日本少林寺拳法の教えに
「己こそ己の寄るべ、己をおきて誰に寄るべぞ、良く整えし己こそ、まこと得がたき寄るべなり」
とゆうものがあります。
3月11日の大震災以降、いろいろのものを見、聞き、読み、感じて考える中で、
この教えが頭のなかに、そして心に染みてきます。
震災直後、何をすべきか、誰を何を信じるべきか戸惑ってしまう日々だったと思います。
そんな時、やっぱり最後は、自分に頼り自分を信じるしかないと感じています。
そして、頼れる、信じられる己をしっかり作らねばいけないなと、
ものすごい破壊力の津波を見せつけられ、ものすごい量の情報の津波に流されて
強く感じています。