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2010年1月15日

スイートポテト

 子どもの頃、お節料理のお手伝いで「栗きんとん」作りの担当(もっぱら裏ごし担当なのですが)をした記憶があります。
 お節は元旦は自宅で、翌日は荻窪の母方の祖父母の家でそれぞれ味わうのですが、お節の中でも甘いものとして栗きんとんは格別な存在でした。
 父方も母方も冨山出身の祖父母達だったので、冨山のかまぼこは勿論のこと、かぶら寿しや黒づくりなど北陸の料理や食材がならび、さらに数の子、海老、紅白なますや金柑の甘煮、黒豆、田作り、昆布巻きなど色々、何だか懐かしい思い出です。
 お正月のお茶うけのお菓子は、金沢の森八の紅白の福梅、千歳などが用意されて、祖母の点てたお茶で頂く。
 年末になると母か父が新橋まで森八のお菓子を買いに行くのにお供した記憶があるのですが、それ以外の冨山の食材はお取り寄せしていたのか親戚に送ってもらっていたのか定かではありませんが、東京にいながらにして食べ物はしっかり北陸のものばかりでした。
 故人となった祖父母がかつて暮していた家がこの冬でなくなることをきっかけに、色褪せずに留まっているお正月の記憶を反芻しています。

 私は大人になってから自ら栗きんとんから卒業してしまい、その代わりに作るようになったのがスイートポテトです。
 同じような食材でつくるならと、金時芋と栗の甘露煮を用意して、更に生クリームを追加して作るのです。
スイートポテト2010年
 今年は妹が送ってくれた徳島のなると金時「里っこ」が裏ごしの必要がないくらいトロトロになると聞いたので、それをじっくり焼いてから作りました。
 トッピングの仕方が悪くてせっかくの甘露煮が見栄えよろしくない感じで、栗は息子に嫌われてしまいましたが、メインはお気に召したようで喜んで食べてくれました。
 
我が家なりのお正月料理はどうするかって、主婦である私次第なことに改めて気がついた年です。
 時代やライフスタイルの変遷の中で、何か息子に伝承したい昭和の時代の思い出。
 核家族だからこそ、しっかり私が経験してきたことの中から実現可能なことを実践して息子に見せ、思い出を紡ぎたいと思った今年のお正月でした。