2012年2月18日

ジャン=ミシェル オトニエル:マイウェイ展

 

 先月の末に原美術館で開催中の"ジャン=ミシェル オトニエル:マイウェイ"展に行ってきました。

 会期が3月11日迄です。

 詳細は原美術館プレスリリースをご参照くださいhttp://www.haramuseum.or.jp/jp/common/pressrelease/pdf/hara/_jp_hara_pr_JMO_120112.pdf

 

2012janothoniel-hara1  2011年春にパリのポンピドゥセンターで開催されたジャン=ミシェル オトニエルの回顧展"マイウェイ"を原美術館の展示スペースに合わせて再構成されたものだそうです。

 大型立体のものもありますし、ガラスの作品が多く展示されているので、小さい子ども連れにとって手をつないで鑑賞する注意は必要です。

 プレスリリースに掲載の日曜・祝日の午後2時30分から学芸員によるギャラリーガイドに合わせて入館しました。ガイドは30分程度の案内だそうですが、大型立体作品の「ラカンの結び目」の前での説明が15分程経過したところで、6歳児は作品を見たくてウズウズしてきたので失礼しました。

 2012janothoniel-hara2.jpgガイドでは、オトニエル氏の初期から始まりムラーノ島のガラス工房で廃棄された端材ガラスとの出会いから生まれだした作品の経緯や変遷など、そして今回の展示にあたっての工夫なさっていることなど知ることができました。

 もし行かれるのであれば、庭に特別に展示している作品が午前中の陽光に照らされている姿が美しいそうなので、早めのお時間から入館されてみると良いとのことでした。

 

キラキラとして色が綺麗なガラス作品を鑑賞でき、また他の常設展示を楽しんで息子は大喜びでした。 どうもコンテンポラリーアートの方が息子をみていると直感的にピンと来るようです。

 同時開催の子ども向けワークショップ「ふしぎな現実」

会場入口で貸し出されるバーゴードのカードを会場内のカメラに向けると、モニタースクリーンに3D画像になったオトニエル作品が映し出されます。カードの角度を変えると立体的に楽しめるしくみです。またオトニエル作品の塗り絵を楽しめるコーナーもあります。

 

2012原美術館ワークショップにて

2012年2月16日

骨董品の額装 その2 漆輪島塗の椀もの

 

 明治生まれの祖父が大事にしていた輪島塗の椀。

 謡曲の教本の書がモチーフとなっている絵付けです。

  富山県高岡市で紺屋を営んでいた曾祖父は、能楽が盛んな土地柄もあり謡を嗜んでいたようです。 謡の教本の書は曾祖父によるもので、この椀を誂えたようですが、製作時期や作者は不明です。  骨董品形見 輪島塗椀ものの額装

 祖父が亡くなった折、形見分けとして譲り受けた伯母が50年近く保管していたそうです。

  曾祖父が誂えた工芸品を飾って楽しみたいと80歳の父からの注文で、額装製作をしました。

  夫の"木を活かす職人"もいろいろと考えた末、このような形に納めました。

 

  骨董品は大事にしまっておくことも大事ですが、目で愛でて遠く曾祖父の思いや祖父への思いを馳せながら、父は楽しむようそうです。

  曾祖父が誂えたという背景はわかりませんが、謡への並々ならぬ思いが粋に感じてきます。

骨董品の額装 その1 漆輪島塗の盆

 

 昔、明治の頃には富山県高岡市で紺屋をしていた曾祖父。 

 能楽が盛んな土地柄もあり、謡曲を嗜んでいた曾祖父は、謡の教本を絵柄にして輪島で塗り物を誂えたら形見があります。教本の書は曾祖父によるものらしく製作時期や作者は不明。

bon-urushiod2.jpg 

 祖父が亡くなり形見分けされて以来50年近く、親戚の家で長く大切に保管されていたそうです。

 両親が額装にして部屋に飾りたいとのことで、盆の形状を生かして夫が製作しました。

輪島塗盆 額装1 曾祖父はどんな思いで誂えたのか、考えてみたり。

 東京美術学校に行きたかった息子(私の祖父)の願いを叶えることが条件で、能楽の家元に養子に出した息子(私の祖父)。結局商売が上手くいかず、その条件が反故にされた養子縁組になってしまいながらも、居を東京に構えた祖父。

 曾祖父はどんな時に誂えたこれらを祖父に託したのだろうか? 故人となってしまって確認することは難しい分、いろいろ思い巡らせてしまいます。

 骨董品という価値は関係なく、正にプライスレス。家に代々継がれるものが語りかける時間、先祖がどういう人生を過ごしたのか、何を嗜んでいたのかその一端を知る手がかりとなり、思いを馳せる時間を与えてくれるようです。

 自分がどういう生き方をしてきて、これからどう生きていくのかと天から問われている気がしてきます。

  

2012年2月15日

名前シールー小学校入学準備

 

 先日、入学予定の小学校の説明会と文具学用品の物販もあり、必要なものは一部を除いて大方揃いました。

 一番悩ましいのはそれら学用品の名前書き。特に算数セットや、単語帳リングなど細かいものから鉛筆、クレヨン、色鉛筆、かきかたぺんなど。

 特にクレヨンはPPフィルムで覆われているし、芯剥き出しのクーピー風色鉛筆など直接記名できない素材です。

 ちょうどエレコムの耐水性のお名前シールの使いかけがまだ残っていたので、早速印刷しコツだけ伝えて、息子本人に貼ってもらいました。

 

クレヨンに名前シール貼付なう 4月から自分が使うものにシール貼りをすることで、小学校生活を迎えることが楽しみとなるようにと動機付けも意識しています。張り切ってとても嬉しそうに作業をしていました。

  極細ペンで手書きで書かないと厳しい算数おはじきや鉛筆などは両親で手書きで書いたりと、臨機応変にしました。 

 全てシールで済ませるのではなく、学校で緊張した時に両親の手書き文字を見て心和ませてくれたらとの思いを込めて書きました。

 縫い物が残っているので、とにかく作って形にせねば....  針仕事が好きなので張り切る母です。

2012年2月12日

霜柱採取

 

 立春を過ぎ、気温が緩んだりしつつも戻りつ、厳しい寒さの中いかがお過ごしですか?

 最近、息子が新鮮に感じて楽しんでいることでも、過去に経験したことを含めて振り返って会話すると、彼が覚えていないことが思ったよりも多く、あらためて幼児期の記憶って曖昧なんだと思い知らされます。

 もちろん自分自身の幼児期の記憶が部分的なものであることは自覚している上で。

 幼児期において体験し、経験を積んでいくことは記憶として子ども本人が無自覚であっても潜在的に培われて育まれていくはず。 自然現象は知識として得ても実感を伴わないと理解しにくいようです。 雪の結晶も先日降った雪で実感していました。

 「覚えていない。知らない」とそっけない息子の返事の裏で、新鮮なものとして受け止め、感動を反復する感受性の柔軟さが眩しく思えてきます。

霜柱2012   この冬、今までになく霜柱が新鮮に感じる冬のようです。

 我が家の庭先よりも、見ごたえのある霜柱がご近所の空き地にあり、そこで採集しては自宅に持ち帰って溶け具合を観察するのが楽しいようです。

霜柱採取中

   スキー用グローブが軍手代わりにされて....